昭和五十七年三月十四日 朝の御理解

 
x御理解第二十八節
病人や代々難儀が続く人が神のおかげを受けるのは、井戸がえをするのに、八、九分かえて、退屈してやめれば、掃除はできぬ、それで、やはり水は濁っておるようなもので、信心も途中でやめれば病気災難は根は切れぬ。井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで、一心に、まめで繁盛するよう元気な心で信心せよ。


 井戸は清水になるまでのおかげを頂いて、汲んでも汲んでもつきぬおかげが頂けるような信心を頂きたいですね。もらい水には限りがある、湧き出る迄が信心辛抱と仰せられる。
 これは私が頂いておる御教えですけれども、ただ御願いをした、おかげを頂いた、と言うだけの信心はもらい水のようなもんじゃないでしょうかね。成る程もらい水からお互い信心にまあ入る人が多いのですけれどもね、そこから云うなら、神様の願いである「氏子信心しておかげを受けてくれよ」とおっしゃるそういうおかげとは、今日頂きますように限りないおかげにつながる信心の事だと思うですね。いわゆる清水になるまでなんです。
 汲んでも汲んでもつきぬおかげの頂けれる迄なんです。だからまあ井戸ざらいするにとこう今日は比べておられますが、井戸ざらいをするのに、やはり、汚いものがいっぱいこう上がってきたり、きれいにさらえる迄には様々ないわゆる良い水ではありません。濁った水であったり、汚いものが上がってきたりしますけれども、そこんところが有り難い。
 そこんところがおかげと感じれれる信心、そこに私は合楽理念はまあいろんな角度から、今日の言葉と借りると”難はみかげ”と仰せられる。どんなに汚いものがなら、上がっていやな事が上がってまいりましてもです、それは清水になるまでの云うなら手だてでどうでもそこを通らなければいけないのだと。
 汚いものが上がってくると言うことは、それに対して御礼を申し上げる。四神様はそこんところを「難あって喜べ」とこうおっしゃる。汚いものが上がってくるたんびに、お取り払いを頂いて有り難いと言ったような頂き方をしなきゃならない。
 何故そう頂かなければならないのかという所が、合楽理念では本当に、微に入り細に渡って説きますね。一切が親愛とま、一口に云えばそうなんですけれども、どういう観点から頂けば、神愛と頂けるかとそこに神の願い。いわゆる神願が成就しておるのだ。いわゆる神願有り難し。
 そこで私共の信心の在り方、と言うものがその見方を変えてくる。頂き方を変えてくる。いわゆるもらい水的なおかげを頂く。どうぞどうぞと御願いをして頂くと言うおかげの観点からね、自分を中心とした考え方から、いわゆる神様の心が分かって神様の心を中心とした生き方、それが私は真の信心だとおもうですよ。 ただ自分を中心にする信心はどこまでも御利益目当ての信心ですから、どうぞ痛いのが治りますように、商売が繁盛しますようにと言う。その願うていかんのじゃないけれどもその芯所というものが神様の心が分かり神様の心を中心とした氏子が神様まかせなら、神様が氏子まかせになると仰せられるのだから、氏子が神様本意なら、神様が氏子本意になって下さると言うのだから。まずは云うならば信心本意、神様本意という信心を体得する以外にないと、私は思うです。
 昨日は十三日会で、昨日伊万里の竹内先生がみえておられまして、先生がお話をなさっておられた。
 伊万里の市長さんといのは二年目(二期目)には変わるというなんか、そのジンクス的なものがあるんだそうですね。もう必ず一期勤められたら二期は変わると言う、過去みんなそうだそうです。
 それに竹内先生の場合はもう三期勤め上げられて、今度は四期目に入っておられるわけ、四年間ですか、四×四=十六 十六年間
 今まではまあどうでもいいと、思う取ったけれどもこの四回目だけはどうでもおかげ頂きたいと思うて、話をしてられました。 それでもね、おや先生がもう市長を辞めろとおっしゃりゃ、もう今日でもやめると、これだけは私ははっきりしてる、と言うことを云っておられますですね。
 毎年正月に色紙をもってみえます。それで今年の一年の在り方をと云うて私は市長庁舎が出来たときに、ご案内を頂いて参りましたが、市長室、立派な市長室にもう大きな椅子、いわゆる市長の席なんです。そこに親先生、まず座って頂きたいと言われるので、こう座りました。
 正面に色紙書の掛け物が掛かってます。それに一年間の指針と云ったようなものが、まああの、御教えを基にして、ずーっと十何年間、そのおかげを今度は正月に「和すれば乱れる事なし」というお書き下げを頂きまして、そりゃまあ、本当に市長ちゃ偉いのだから、そんな事はあるまいと思うけれども、それはもう昨日も会議があったんですけれども、もうみそくそに云われました。と
 しかもある事ない事、けれども心が和しておりますから、乱れる事がありません。と云うお話をなさってましたですね。何云うか、お前はと云う事じゃない訳なんです。黙って聞き流していかれると云うね、和していけば乱れることはないと言う、そこにまあ焦点を置いておかげを頂いておる。
 親先生が大阪公演の時に、これは私も本当、やっぱり心配になりましたから、数百名の方達が集まって私の話を聞いて下さろうと云うのですから、そりゃ原稿くらい作っとかなきゃ、どんなことを話して神様にもう御願いしても、御願いしても、頂かなかったです。
 そして頂いたことは、無技巧の技巧と云うことを頂いたんです。無技巧の技巧と云うこと。まあ云うならば神ながらに、説教台に立ったら、ま神様が云わせて下さる事、思わせて下せることを話したらいいのだと云うわけですけれども、やっぱり不安なんですよね。
 それで色々御願いをさせていただいて、腹が決まった。もう本当にあちらへ、ホテルから、あれは何とかホールでしたかね、サンケイホールでしたかね。サンケイホール、何何ホテルからサンケイホールに参ります十分あまりの自動車の中でま、ヒントを頂いたような事でした。
 親先生はあの時に無技巧の技巧と云うことを云われましたが、私は技巧の無技巧と云うことを立て前にしとりますと云うお話をなさいました。皆さんどういうことだとおもいますか。
 私はね、無技巧の技巧、技巧の無技巧、同じではないでしょうかね、ただし勉強だけはしておかなければならないと、云うことなんです。
 なら、合楽理念なら合楽理念のマスターね、どこを切っても合楽理念がすっとでてくるような勉強だけはしとかなければでけない。
 そして話すときには、臨機応変に、その勉強をしておるその中から、こうでてくるようなおかげを頂きたいと云うのが、竹内先生の生き方だ。とこういう訳なんです。どんなに例えば悪口を言われるような事、根も葉もないような事をいう、はやされるような時であってもです。こう云うときに合楽理念をもってすると、どう受けるべきか、と言うことがさっさとこうでてくるようなね、、まあおかげを受けておるという意味のお話をなさいました。
 私は今朝の御祈念中にz「合楽理念の形骸化」と云うことを頂いたんです。これは大きい宗教、大宗教と云われれば云われるほど、まあ形骸化した宗教だと。金光教でもそれが云われます。それこそ触れれば暖かみを感ずる、血が飛び出るような生生とした自分の信心というものが、段々金光教の信心とはかくだと、決めてしもうて知ってはおる、覚えてはおるけれどもね、それが云うならば生々しいおかげにつながらないと云ったような場合に使う言葉じゃないでしょうか。
 御心眼にある方がz「雨傘の紙が全然ついてない、もう骨ばっかりのをこうやって持っておられる所」と頂いたんですね。紙がついていない雨傘なんておよそ意味がないですね。形は傘の格好をしてますよね。合楽の信心いわば合楽理念を知っとると言うだけではできんです。これに紙が伴わなければ、初めてどんなに曇ってきても慌てんですむという安心があるのです。開けば濡れんですむと言う心にはゆとりも安心もあるのです。
 私は合楽理念の形骸化なんてあの、合楽理念さえあれば絶対だと。例えばある教会の青年教師の方が、合楽を尋ねて参りましてから私にまあ云いたい放題の事を云いますから、どうぞよろしくと云うような中にあって、-あのう大坪先生あなたの所で今こういう御比礼が輝いてるけれども、あなたが亡くなんなさったらどうなりますか。と言ったような質問を受けたことがあるんです。 さあそりゃ私が死んでみなきゃ分からんばの、ち、私は云いました。
 けれども合楽になら、合楽理念のある限り絶対親の代よりこの代と繁盛していきましょうねと、まあ申しましたんですけれども、その合楽理念とは隅から隅まで知っておる、マスターしておると言うてもね、ならそれを実験してみなければ実証する日々でなからなければやはり、合楽理念だって、同じ事になりますよね。 二、三日前でした。中村アツ子先生がおしらせをいただいとる。z清水建設と言うことを頂いとる、ね。私は今日の御理解にピッタリと云うような感じがするんですでれども、清水というのは限りなく湧き出るものです。そういうおかげの頂けれる云うならば建設となら云うてもいいでしょうけね。いわゆる湧き出る迄が信心辛抱だと、云うならば合楽ではおかげを頂いて云うならね、さらえが出来た。井戸は清水になるまでのおかげを頂いて、それこそ貧争病のないね、真善美輝かんばかりの、ならおかげを今日合楽が頂いていっておる。もうこれは限りなく広がっていくだろうと大きくなっていくだろうとね。
 合楽理念に基づく生き方を身につけていく限り、ね、いわゆるそれを実験実証していく限りおかげが頂いていけれる。
 清水建設という事を頂く前に、合楽の生きアルバムという事、生き辞引きといったようなことを申しますね、詳しいことを、だから合楽の生きアルバム、ま天野先生なんかは、もうここに長く修行しとりますから、しかも私共の裏の方の奥の方の御用も頂きますから、もう云うならば、合楽の御広前の事は勿論ですけれども、裏の事まで、私共の云うならば事までもうま、ズッコン合楽の事は知っておる、覚えておる、ということでしょう。
 もうどういう場面でもちゃんと見てきてる、親先生がここから下がったらどうするという事までちゃんと知っておる。お食事の模様も知っておる、お茶を頂く模様も知ってる、もう裏の事は天野先生に聞けば、天野先生ちゃ・・中村先生ですね、に聞けば分かる。
 先だっても東京からま、合楽を見学にみえた御信者さんがあったんですけれども、御広前では立派であっても、裏へ退られたらではない、人もあるわけです。ですからま、天野先生をつかまえて、いろいろま根ほり葉ほり聞かれた、という事です。そしてそれを聞いて、ま云うならばびっくりされた。ほんなこつですかというような感じである、というだけにまアツ子先生は合楽の事をズッコン知っておるということである。
 だからズッコン知っておるというだけでは合楽理念の隅から隅までを知っておるというだけではなく、なら本人のおかげにはならんのです。
 ただ知っておるだけ、詳しいだけ、生きアルバムの、いつの場合はこうやった、ああやったと知っとってもです、それがなら徳になるわけでもおかげになるわけでもないと、私は今日はその、天野先生、アツ子先生が頂いておることを今日改めて、はあ、こういう意味だったんだなあとこう分からせて頂いた気がするんです。
 合楽が詳しくなる、という事じゃないです。合楽理念が詳しくなると云うことだけじゃないです。隅から隅まで、合楽の事を知っておるというだけではでけん。
生きアルバム、生き辞引きだけではあったはでけんのです。それが身に付かなければね、そこんところにね、云うならば日々の信心修行、まあ云うならば、日々がね、合楽理念に基づく生き方。
 先だって行橋支部の支部長が申しておりましたように、一日願っても願っても願い通りにならぬ、心が暗い思いが致します。けれども夜の御祈念に御神前に出らせて頂きますとどういう中にあっても、合楽理念に基づいて、右が左、左が右になってきたのですから、夜神様に御礼を申し上げる時には、もうすっきりとした心で御礼が申し上げれますといっております。
 どんなに心が暗くなるような事であっても、そしたら御心眼にカーテンがこう締めてある、その隙間から、一条の光がすーっと部屋に差し込んでくるところを頂いたというのです。
 例えば暗い日々であってもです、一条の光に心が和み、心に有り難い神様を実感する日々でなからなければならない、という事なんです。カーテンが開かれるときには、ね、それこそ素晴らしいいわば、合楽世界がそこにはある。という事になりましょうが。
 だから如何に日々をどんな場合であっても合楽理念に基づく実験実証者足らんとの、願いをもっておかげを頂いていかなきゃ、お互いやはり、まずは井戸は清水になるまでのおかげを頂かなければならない、もろうた水には限りがある。
 限りないおかげを頂く為にね、それこそ清水建設である、合楽建設という事はそういう限りない、汲んでもつきぬおかげの頂けれる、云うなら基礎的なものを私は合楽理念は説いてると思うです。
 ですからそれが自分のものになって血に肉になってね、まあ云うなら骸骨のように形だけは大、というなら世界の宗教と云うても、もう骸骨のようなものですから、そこには暖かみもなからなければ、血も流れていない、生きた働きというものはなくなっておる、というようなこと。なら合楽は大丈夫かというとそうではない。
 なら合楽理念の形骸化といわれるように、ただズッコン合楽を知ってる、というだけではおかげにならんのです。ですから日々いわば合楽理念の実験実証が有り難うなる、楽しうなり、リズムに乗っての日々の信心生活が出来るようなおかげを頂くために、とにかくどうであっても良いから、なら、夜の御祈念に今日一日の合楽理念の手応えと云うようなものが、感じられれるような信心、私は思うです。
 御祈念をさせて頂く出も、手応えのある、御祈念でなからな駄目です。眠り半分でしとったじゃ手応えはないです。
 例えばちょっとそこまでやらせて頂くでも、私は必ずあのう、昨日一昨日でしたか、私が退がると、皆孫達が、皆ついてくるんですよ。けれどももう今年から幼稚園に行きます、という長男の子供、いちえというのがおりますが、私が安濃、おじいちゃんは神様はどうして四っつ手を叩くかと、こう云うんですよ。だから二つあわせるから八っつ、おじいちゃんは叩くがそりゃどういう訳かと、御霊様の時には二つと二つじゃけん、四つしかたたかん、そいからこちらの三井教会の初代教会長の御霊様に御礼を申し上げる時には私が二つしか。ここは二つ、ここは八っつ、ここは四っつ、どういう訳かち、云うて聞くんですよ。
 私はたまがりました。だから訳は申しませんでしたけれども、ここでは神様を拝む時にはどんな簡単な御祈念であっても、四っつ叩いて四っつ又終わったらその、そいからちゃんと四っつ叩いてここでは二っつ叩いて、覚えようそういう事に何か疑問を感じたわけでしょうね、彼女のというように私は裏へ退がっても崩しませんです。これだけは。
 もう拍手を打って、神様の前へ出たが最後。どんなに簡単な御祈念であっても、合楽で云われる、五つの願いだけは、もう必ず奉唱いたします。ですからあのなら、簡単に拝んで一時でもです、やっぱ心に。
 例えば今から、久留米にやらせて頂きます、というて簡単に御願いをするでもです、そこに心の中には、久留米行きをお許し頂いた、といったような感じのする時までは、私は御神前を離れない。手応えです、いわゆるね。御神飯を下げるでも、簡単にもうつうっと下げる修行生がおりますから、私がいうです、まあだ神様は食べよんなさっ時かも分からんばい、と私が云う、それ持っていくならどうするの。只今から下げさせて頂きますが、下げても良いだろうかと云うことをお伺いして、心に下げても良いと頂いてからでなからな、下げちゃでけんと私は申しますようにね、そういう私は手応えのある日々。手応えのある信心をまずさせて頂いて、そして合楽理念でなからなければ、合楽理念とても、やはり形骸化する恐れがあるのです。
 竹内先生じゃないけれども、親先生が無技巧の技巧とおっしゃったが、私はっぎこうの無技巧だと、こう云われるね。まず技巧のまず覚えなきゃならない。云うなら合楽理念のマスターをまずしなければならない。それがいつでもそれこそ神ながらにね、必要な言葉であったら、必要な言葉がその適材適所、そこにま適材適所というですか。ま、臨機応変にだせれる、云うならば稽古とでも申しましょうかね、そういうおかげの頂けれる信心。
 心に日々ね、昨日は又、繰り返し、先生がお話の中に云うとられた事は、猛進人はできません。と出来ませんけれども、神様にこのようなおかばいを頂いて、お繰り合わせを頂いて、今日の竹内がありますとこういっとられるです。もう信心は出来ませんけれどもね、神様の御守護の中にある、その実感なんです。
 問題はね、本当に神様が顔を立てて下さっておってるんだなあ、神様の御守護の中にあるんだな、とそれが御守護の中にあるんだなと実感すればするほどに、信心も出来ませんのに、このようなおかげを頂いて、というのです。
 成る程信心はできません。けれどもね、親先生が、市長をも、今日辞めろとおっしゃれば、今日にでも辞めます、と云うひとつの合楽に対する絶対の真。
 傾倒というてもこれほどの傾倒と云うものが私は信心も出来ませんのに、おかげを頂いておられるのが、今日の伊万里市長であります。竹内先生の日々じゃなかろうかという風に思うんです。
 まずは合楽に傾倒すること。合楽理念のマスター。しかもその合楽理念のマスターが臨機応変に日常生活の上に生きた働きを現していけれる実験、そこに生まれてくる実証ね、それが有り難し、もったいなしという事になって、そういう有り難い、もったいなしがなから、いうならば、今日もまた、嫌いなものがいっぱいでた。
 水はいつまでたっても清水に上がらない。けれどもそれが有り難い、という事になってこないのです、心に有り難いものがないとね、神様のお働きの中にある、私又、今日と日々どうぞね、御祈念ひとつでも、一日を締めくくった時にね、成る程自分の願い通りに、思い通りにはなっていない。けれども合楽理念の実験、という事になってくるときにです。それこそ一条の光が、まっ暗い部屋の中に差し込んでくるような体験が頂かれるのです。
 だから有り難いのです。今日まこれは二、三日前に頂いた、という中村アツ子先生が頂いておる、生きアルバム、そして清水建設、という事でしたが、どうでも生きアルバムである事と同時にね、生きた働きの出きれるね、清水建設、限りなく湧き出るおかげの頂けれるひとつの建設を頂かなきゃならん。心の中に頂かなければならんと思います。              どうぞ